昭和五十七年七月九日 朝の御理解
御理解 第八十一節
「氏子十里の坂を九里半登っても安心してはならぬぞ十里を登り 切って向こうへ降りたらそれで安心ぢゃ気を緩めると直に後に もどるぞ」
昨日の夏期信行の後の御理解でしたけども、子供が病気の時でも慌てちゃならん、言う事を聞かん時に放っておくような心になって信心してやれ、という御理解に基づいてでございましたから、私は、私の体験を昨日は聞いてもらいましたし、塗板にもそれが掲示してございますね。
いわゆる、私の方の三男幹三郎の肉腫の事を書かせて頂いてる、肉腫癌ならまだ助かる率もあるそうですが、もう肉腫を、いうたら、もう助からない、もう、九十九パーセントだめだ、と。もし助かるとするなら、あとの一つは奇跡があるのみだと、お医者さんがいわれる位でしたからね。だから、それを聞いた時に、私の心が騒がなかった。私の心が平常心、平常であったと、私は書いて若先生に、前にそれを読みますから、あのう、見せとりましたら、若先生が、こういう事を言うんです。それを聞いた時に私の心は平常であった、 と書いておるのに対して、不思議と心は平常心であった、と書いたほうがようはないでしょうか、と言うわけなんです。
成程、ごろとしてもいいですけども、なら、実際、私はなら、その時だけ平常心であったと言うことぢゃない、と言う事なんですよね、ね。また、そん時だけは不思議に心が、というのぢゃないです、それは段々、信心の過程というものがございますから、私が、もう三十年も前に、若先生が、あの、目に竹が刺さった時に、それをこう引き抜いて、目の玉が外へこうひっくり返るような事があったんです。そん時、私は、朝の御祈念の時から、も、何か知らんけれども、その、盛々するような何かが湧いてくるんですよね。も、それこそ矢でも鉄砲でも持ってこい、というような、そういう心の状態で坐っておる時に、あの、勝彦がこんな事になったと、家内が乱れて、ここに出て来ました時に、騒ぎませんでした。心は平常でした。ようし痛くないようにお願いするぞ、と言うて、二階に家内が連れて上がって、しばらくしたら泣き止みました。そのまま寝てるんです。目が覚めた時には、ひっくり返とった目ん玉が中に治まってしまっとった。ね、だから、そこに数十年、かつ、信心というものを思うてみる。その時には何か知らん、朝から、ね、私が特別に神様が、ね、その時は不思議と、と、その時には、私はやっぱ、その時、が、いると思うですね。
その時心は、不思議と心は平常であった、と。けれども、幹三郎の時は、その時だけぢゃなかったです、私の心の中には、ね。ですから、いや、それは不思議と、という、そんな言葉入れなくてもいいよ、と言うて、申しました事でございましたが。
昨日、研修の時に、あの、教典感話の二回分を読みますもんね。
今、その二回の中に、あの、書いてありますが、安心と慢心は紙一重という事が出てくるんですね。皆さんあの、昼の夏期信行の後に読みますのは、ただ読むだけでピンとこんでしょうから、皆さん、各自各自持っておられるでしょ、教典感話を。だから、もう一遍読み直して下さいよ。同時に、また、その日のでも塗板に書いてあるのを、もう一遍読むなら、もう一遍ひかえていくなりしないと、ただ夏期信行に通うて、もう、ま、ミニ御理解である、短い時間、でというのが、ま、一つの夏期信行の、ま、一つの性格のようなもんですから、もう、それは読むだけですけれども、聞いたら聞いただけではなくて、もう一遍読んでみるんです。教典感話を、そすと、その日の御理解は、塗板に毎日二日分づつ、こう書いてありますから、そん時書きあわせんなら、あくる日でもよいから、写していくなり、または、もう一遍読んでみて意味がわかるとこまでいかないかんです。折角のね、あの、御理解が、で、ないと、粗雑な事になりますからね。荒がみになってはいけません、よく消化していかな。そんな事でございましたから、昨日、研修の時に、ね、例えば、安心と慢心は紙一重だ、と、もう、私は神様にお願いしとるけんで安心しとります。本当に安心と慢心とは、ね、判らん、ちょっと見た目には。そこで、私は昨日、うちの修行生の先生方にです、私が、そん時に心が騒がなかったとは書いてあるが、それが、もし慢心であったらどうであろう、その慢心でなかった、という証拠があろうが、と、どこだと思うかと言うてみんなに聞きました。皆さんはどう思われますか、ね。いうならば、子供が死ぬか生きるかという様な時に、親が・・・・、普通では、とても出来ない事ですけれども、信心の稽古。何十年前の時には、も、その時には不思議と安心ぢゃったけれども、それからどんどん々々おかげ頂いてきて、数十年後の、子供の生きるか死ぬるか、という時を聞いた時に、私の心は平常心であった、と。その時は平常であった、ぢゃないのです。 だから、その前の御理解にあるように、そういう心の場合です、自分の、これは慢心ぢゃないだろうか。安心してごたるけども慢心ぢゃないだろうか、と。いうならば思ってですね、その慢心ではない、本当のこれが安心だと。その実証があるんだが、どこをあんた達は頂いたかと言うて、皆に聞きましたけれども、も、皆、本当の事を返事しませんでした。
そりゃ、親先生の日頃の信心がなんなん、と、こういうふうな言い方をしました。けれども、あの御理解にどんな事が書いてあるかというと、ね、心が平常でした、と、ね。それこそ、九十九パーセントはダメだと言われましたけれども、奇跡的に助かりました、とあるでしょ、ね。それなんですよ。あれが、もし助かってなかったら、あなたのは慢心だ、という事になりゃしませんか。私が、ね、私がそん時に心が平常だった、と言うとが、本当なものであったかどうか、という事は、ね、次のおかげが確かであったという事で、やっぱり本な物だったなあ、とわかるぢゃいのと言うて、ま、皆に話した事でございます、ね。
私、今日の御理解で、ね、向こうへ降りたら安心ぢゃ、というのはね、私はそういう高度な信心を目指す事だと思うです。
自分は安心しております、心は安らいどります、平常心です、と言うても、それに、なら、奇跡的に、確かな、そこにおかげが伴わないならば、あなたの安心は、本当なものぢゃなかった。ひょっとすると慢心であったかもわからない、という事になるでしょ、ね。
よう、信心させてもらって、強引な人があってね、そういうふうに言う人がありますよ、私は、も、神様にお願いしとるけんで安心しとる、と。そんなら、も、絶対おかげにならなならんです。そうでしょうが。だから、私の平常心が本当なものであった、という事の証拠、印をあんた方は、今日の御理解から、どこをどう感じたか、という事に対してです、ね、私が、ここに証拠があるというふうに聞いて頂いたが、皆さんも、もう一遍そこん所を頂いていかなきゃなりませんが、そんなら、果たしてです、その、昨日の御理解の最後のところに書いてるでしょ、もしこれが、信者の子弟であったら、私はどうであったかわからん、と、こう書いてあるでしょ、ね。この辺のところに、いわゆる、私の信心のこれからの信心が、ま、あるわけです。
自分の息子の時には平常心であった。或る先生のお話をきいた。
子供さんが急に病気になられた。夜中の事でどうにも仕方がないから、一晩中まんじりともせずに御祈念をした。そして御祈念をしながら思うた。 はあ、自分の子供ならば、それこそ眠りもせずに一晩中、御祈念をしたが、信者一人の場合にこういう心になったら、信者が助かるだろうと思うた、という話を聞いた。また、ある先生のお説教の中に御結界に奉仕しとったら、子供が引きつけを起こしたといって、奥さんが抱いて来なさった。もう、びっくりしてから、もう、御結界を、その裸足で飛び出して、医者に連れて行った、という話をきいた。皆さん、どう思います。そんなら、そん時、私ならどうだっただろうか、おそらく一晩中、御祈念するような事はなかった、と思うですね。同時に、また、御結界を裸足で飛び出すような事もなかったと思うですね。その辺のところがね、皆さん、こう、わからなければ、一遍で聞いただけぢゃわからんです。
親先生の信心は、その、なににあるのか、その一言一言を、ね、くわしくは書かんのですから。なら、例えば、特に昼の御理解は、ですから、ね、どこが、私が平常心であったという事、慢心でなかったという事の証拠は、どこにあるかと言うて、わからんような事では、頂いとる事にはならんでしょうが、ね。成程、平常心であんなさった証拠に、奇跡的な助かりにつながっておった、と。けれどもその、最後に書いてある、もしこれが、信者の子弟であったらどうであろうか、と。例えば、久富繁雄さんが孫が、なら、医者から見放されるような病気になりました、どうぞ、と言うて、お取次を願われたらね、私は幹三郎の時のように平常、そんなふうにして受けられるぢゃろうか。それこそ、神様に、どうぞ、と言うて、お願いをするだろうと思うです、ね。だから、信心は、もう、きりがない、限りがない。もし信者が、そりゃ毎日電話が掛かってくる。難儀な問題なんか、もう向こうで泣きよんなさるです、ね。 どうぞ、助けて下さい助けて下さい、ち言うて泣きよんなさるとを聞いて、ですね、私は、あの、幹三郎の時のような、平常にはおれない。やっぱ、願わずにはおれない。だから、願わずにはおれない、というて、意味の。その辺のところが、ね、を、あの、昨日の塗板に掲示してある、最後のところに・・・もし、これが信者の子弟であったらどうであろうか、と、最後にかいとるのは、そういう意味なんです、ね。そこで、なら、願う信者の一人一人が、例えば、今日の御理解から言うと、丁度、山坂を九里半登っても油断しちゃならん。油断すると、すぐに後に戻る。そこで、なら、昨日の、あの、不断の信心、という、ね、あれ、昨日聞いてもらいました。上には、限りないおかげと小さく書いて、大きく不断の信心とある。下には、ね、備前・備中・備後とある、ね。この信心が出来ていく限り、限りないおかげ。いうなら、今日のところで、いうなら、それで安心じゃ、というような信心が生まれて、また、この安心ぢゃというのも、今も申しますように限りがないのです、ね。いうならば、おかげの後、先だけ、後も先も中も、ね、いうなら、油断なしに、ここの所が出来ていって初めて、不断の信心と言えるのであり、限りないおかげにつながるという事になりますでしょ、ね。
今日の御理解は、向こうへ降りたらあんしんぢゃ、と、簡単に読んだり、簡単に聞いたりしたら、別にそういう感じないけれども、ははあ、なら、向こうへ降りたら安心ぢゃとおっしゃるのは、自分の心の中に昨日の、その、私の塗板に書いてあるようなところの心が開けてくる、という事。そういう、心の開けてくる事を目指しての信心でなからなければならん。それは、生まず絶えずの信心から、いわゆる、私の三十年前と三十年後の信心の相違が出来てきたように、ね。いや、それに、本当な事へ本当な事へと、なら、昨日も修行生の先生方と言った事ですけれども、なら、私の平常心というものが慢心ぢゃなかった、本当なものであったと、こう言うておるけれども、実際は、本当のものではなかっただろうけれども、ね、ま、十のものなら五つか六つか位は本当なものだったろうけれども、あとの、出来てない所は出来たかのようにしておかげをくださるのだから、ここん所を段々、また、極めていかなきゃならん、と言うて、ま、申しましたように、ね、限りがないです、ね。だから、昨日、若先生が申しました、その時は不思議と、ね、自分の心が平常であった。それが不断の信心が出来ておると、その時、不思議に心が落ちついておったという事になるのです。油断をしておると、そん時に慌てるです、慌てたらおかげにならんと、ま、あるのですから、ね。
その時、不思議と心が平常であったという所から、ね、もう、その時を使わんで、不思議と、とは、言わんですむような信心にも段々進んで行かなければならない。
そういう、例えば今日の、向こうへ降りたら安心ぢゃと言われるような信心を目指すという事。また、その手立が説かれておるという事は、も、大変な事だと思うです、ね。
金光教の信心を極めていこうとする人にとって、も、大変な、私は御理解だと思うですね。 合楽の御理解は、ね、昨日の御理解の最後に、佐田さんが感じられたという、信楽から見て感じられたというように、ね、自分を生かして神を殺すか、ね。自分を殺して神を生かすかという事になるのです、ね。だから、なかなかもって、自分を生かそう、自分を生かそうばかりしか、いたしませんが、おかげおかげの信心の時代なんです。
自分の都合のよくなる事ばかりを願う、自分を生かそう、生かそうとする。いわゆる自分本意である。 いよいよもって、神様本意の、神様の心がわかって、神様の心に準じていく信心、そういう信心をいよいよ目指していきたいと思うですね。 「 どうぞ 」